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菅原文太

菅原文太

2014/12/06

学生時代は様々なアルバイトを経験しました。
不向きなため3ヶ月で終わった家庭教師以外はひたすら体力を使う仕事でした。
配送、ビル掃除、観光バスの添乗員、真夏の山の草刈や徹夜で真冬の土方など数え上げれば限がありません。
一番長く続いたのが引越しのアルバイトで運転手兼作業スタッフ。
エレベーターのない団地の狭い階段を、スキルを駆使してタンスや電化製品を何往復もして運んだものです。
当時裏にひだひだの放熱板がついていた冷蔵庫はひとりで背中にかついで降ろしたり、今では考えられない体力があったようです。
いま思えばまるで他人事のようです。
当時はいい加減な運送業者もあって、昼間に積み込んだ荷物を助手もなしで徹夜で鹿児島まで運んだこともありました。
引越しですから毎回届け先が違い、道路地図を頼りにトラック野郎を気取ってたった一人で全国津々浦々を運転していました。
もちろん必要な授業とクラブ活動の合間をぬってですが。
助手代わりは傍らに置いたラジカセから流れる八代亜紀などの演歌。
派手な電飾はないものの、気分はすっか菅原文太でした。
彼女からはひんしゅくをかいつつも、私にとって昭和のスターは渥美清、高倉健、そして菅原文太でした。
とうとう3人とも旅立ってしまいましたが、いつまでも彼らはヒーローです。
改めて菅原文太さんのご冥福をお祈り申し上げます。

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